第73回日本伝統工芸展の受賞作品が、2026年8月15日に発表されました。日本工芸会総裁賞に選ばれた大木淑恵(おおき・としえ)さんの花籃(はなかご)「濤声(とうせい)」をはじめ、陶芸・染織・漆芸(しつげい)・金工・木竹工(もくちくこう)・人形・諸工芸(しょこうげい)の7部門から、計16点の受賞作品が公表されています。
ただし、受賞者と作品名を一覧で確認するだけでは、2026年の日本工芸で何が起きているのかまでは見えてきません。
受賞作を見るときに重要なのは、賞の序列だけではなく、素材・技法・形・表面がどのような関係で一つの作品を成立させているかを見ることです。
第73回日本伝統工芸展は、2026年9月2日から9月15日まで東京・日本橋三越本店で開催され、その後全国へ巡回します。この記事では会期やアクセスの紹介を最小限にとどめ、公式発表された受賞作16点を手がかりに、7部門を横断して「技法の現在地」を読み解きます。
なお、日本工芸会が公表した受賞作品一覧には賞名・作品名・作家名・作品画像が掲載されていますが、すべての作品について個別の審査理由が公開されているわけではありません。本稿では、公式な受賞結果と、工芸ジャポニカ編集部による鑑賞・分析の視点を明確に分けて記述します。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
目次
第73回日本伝統工芸展2026、何が評価されたのか?

第73回展の受賞結果は、「今年のベスト作品」を単純に順位づけした一覧として読むより、継承された技術を現代の作家がどのように使い直しているかを見る入口として読む方が有益です。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品、入選者発表)
東京展は2026年9月2日(水)から9月15日(火)まで、日本橋三越本店 本館7階催事会場で開催予定です。開場時間は10時から19時で、東京展の観覧料は無料とされています。主催には文化庁、東京都教育委員会、NHK、朝日新聞社、公益社団法人日本工芸会が名を連ねています。
日本工芸会は日本伝統工芸展について、工芸分野の展覧会では国が主催に加わる唯一の最大規模の公募展と説明しています。陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸という7部門で毎年作品を募集する展覧会です。
もう一つ、受賞作を理解するために重要なのが、日本工芸会自身が掲げる「伝統」の考え方です。第73回展の趣旨では、伝統工芸を古いものの模倣や、従来技法をそのまま守り続けることとは位置づけていません。受け継いだ技術をさらに錬磨(れんま)しながら、今日の生活に即した新しいものを築くことが示されています。
編集長コメント
「伝統工芸」という言葉から、完成された昔の様式を正確に再現する世界を想像することがあります。
しかし、日本伝統工芸展の公式趣旨を読むと、その理解では足りません。受け継がれているのは完成済みのデザインだけではなく、素材を扱う知識、工程、判断の積み重ねです。その技術を使って現在の作家が何をつくるのか。第73回展を見るうえでは、この「継承」と「現在」の間に注目したいと考えています。
日本伝統工芸展とは?7部門はどう分かれているのか【定義ボックス】
日本伝統工芸展は、陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸という、素材と制作体系の異なる7部門から構成されています。同じ「工芸」であっても、何を素材とし、どこに技術的な判断が現れるかは部門ごとに大きく異なります。
日本工芸会によると、日本伝統工芸展は7部門に分かれて作品を公募し、入選作品を全国の会場で展示する展覧会です。
(参照:公募情報 日本伝統工芸展|公益社団法人日本工芸会)
定義ボックス|日本伝統工芸展の7部門
- 陶芸:土や磁土などを成形し、焼成して表現する分野です。釉薬(ゆうやく)を用いる作品のほか、焼締め、青白磁など多様な技法があります。
- 染織:糸や布を染める技術と、糸を組織して布をつくる織りの技術を含みます。絣(かすり)、江戸小紋、浮織(うきおり)など、模様が生まれる工程そのものが作品理解の鍵になります。
- 漆芸:漆を塗る、重ねる、研ぐ、磨くといった工程に加え、蒔絵(まきえ)、螺鈿(らでん)、堆漆(ついしつ)など多様な加飾・造形技法を含む分野です。
- 金工:金、銀、銅、鉄をはじめとした金属を、鍛金(たんきん)、鋳金(ちゅうきん)、彫金(ちょうきん)、象嵌(ぞうがん)などによって加工する分野です。
- 木竹工:木や竹の繊維方向、木目、弾性などの物性を生かしながら、削り、接合、編組(へんそ)、曲げなどによって形をつくる分野です。
- 人形:木彫、桐塑(とうそ)、紙貼り、布貼り、衣裳など、複数の素材と技術を組み合わせて人物や造形を成立させる分野です。
- 諸工芸:七宝(しっぽう)、硝子(がらす)、硯(すずり)、截金(きりかね)など、他の6部門とは異なる素材・技術体系を含む分野です。
7部門を並べると、日本伝統工芸展を「和風の作品が集まる展覧会」と捉えることが適切でないことが分かります。それぞれの分野には異なる素材特性、工程、歴史、造形上の問題があり、同じ物差しだけでは比較できません。
なお、重要無形文化財について、文化庁は歴史上または芸術上価値の高い「わざ」のうち重要なものを国が重要無形文化財に指定し、そのわざを高度に体現・体得する個人や団体を保持者・保持団体として認定すると説明しています。このうち「各個認定」の保持者が、一般に「人間国宝」と呼ばれます。
(参照:無形文化財|文化庁)
2026年、部門ごとにどんな作品が評価されたのか【比較表】
第73回日本伝統工芸展では、2026年8月15日に16点の受賞作品が発表されました。最高賞にあたる日本工芸会総裁賞には、大木淑恵さんの花籃「濤声」が選ばれています。
受賞作品一覧を見ると、竹、漆、絹、木綿、陶磁、金属、木、人形、七宝、硯など、異なる素材体系から作品が選ばれていることが分かります。まずは公式発表された16点を整理します。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)




| 部門 | 賞 | 作家 | 作品 | 技法・素材を読む入口 |
|---|---|---|---|---|
| 木竹工 | 日本工芸会総裁賞 | 大木淑恵 | 花籃「濤声」 | 竹による線、編み・構造、空隙と量感 |
| 漆芸 | 高松宮記念賞 | 須藤靖典 | 会津消粉蒔絵漆箱「谷渡りの風」 | 漆、消粉蒔絵、箱の面と加飾の関係 |
| 染織 | 文部科学大臣賞 | 宮入映 | 浮織生絹着物「樹雨」 | 生絹、浮織、織組織から生まれる表面 |
| 陶芸 | 東京都知事賞 | 市野秀作 | 灰釉彩鉢「朧」 | 灰釉、色彩、鉢の形と釉調 |
| 木竹工 | NHK会長賞 | 林哲也 | 神代欅造拭漆箱「生々流転」 | 神代欅、拭漆、木目と箱の構造 |
| 染織 | 朝日新聞社賞 | 築城則子 | 小倉縞木綿帯「アブストラクト 黒蝶」 | 木綿、小倉縞、縞の反復と色彩 |
| 金工 | 日本工芸会会長賞 | 村上浩堂 | 象嵌花器「暮れ色の運河」 | 金属、象嵌、異なる金属による面と色 |
| 木竹工 | 日本工芸会保持者賞 | 川口清三 | 欅拭漆盛器「帆翔」 | 欅、拭漆、木目と量塊 |
| 陶芸 | 日本工芸会奨励賞 | 中田博士 | モモタマナ | 陶芸。具体的な技法は作品表示・図録でも確認したい |
| 染織 | 日本工芸会奨励賞 | 小宮康義 | 江戸小紋着尺「Shi to Shi to」 | 江戸小紋、型による微細な反復 |
| 漆芸 | 日本工芸会奨励賞 | 石原雅員 | 堆漆象嵌小鳥置手引手小簞笥 | 堆漆、象嵌、漆層そのものを素材化する造形 |
| 人形 | 日本工芸会奨励賞 | 野田リツ子 | 木芯桐塑布和紙貼「リズム」 | 木芯桐塑、布・和紙貼り、身体と表面 |
| 諸工芸 | 日本工芸会奨励賞 | 安藤令子 | 七宝蓋物「流氷」 | 七宝、金属素地とガラス質の層、蓋物の造形 |
| 陶芸 | 日本工芸会新人賞 | 浦郷壮 | 青白磁彫文花器「流景-2026-」 | 青白磁、彫文、淡い色と凹凸 |
| 染織 | 日本工芸会新人賞 | 加藤伸子 | 久留米絣着物「皓月の夜」 | 久留米絣、先染めされた糸と文様 |
| 諸工芸 | 日本工芸会新人賞 | 中村一姫 | びわ研 | 硯。石材・形・硯面のつくりを確認したい |
この表で「見る入口」とした項目は、公式な審査理由を要約したものではありません。作品名、作家の所属分野、日本工芸会で確認できる過去作品や技法情報などをもとに、鑑賞時に注目したいポイントを整理したものです。
陶芸部門
陶芸では、市野秀作さんの灰釉彩鉢(はいゆうさいばち)「朧(おぼろ)」が東京都知事賞、


(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
3点を同じ「陶芸」という枠で見る場合でも、まず形と表面を分けて考えると理解しやすくなります。
灰釉彩鉢「朧」は、作品名から灰釉(はいゆう)と色彩表現、そして鉢という器形の関係が入口になります。一方、青白磁彫文花器「流景-2026-」では、青白磁の淡い色調と彫文(ちょうもん)による凹凸、そこへ光が当たったときの陰影に注目できます。
中田博士さんは日本工芸会公式の作家情報で陶芸分野の正会員であることが確認でき、これまでも「真珠光彩」と名づけられた陶芸作品を継続して発表しています。ただし、今回の「モモタマナ」について具体的な制作技法を作品名だけから推定するのは避け、会場キャプションや図録で確認したいところです。
(参照:中田博士 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
陶芸では、「釉薬がきれいか」だけではなく、形・焼成・釉調・表面が一つの作品としてどう統合されているかを見ることが重要です。
染織部門
染織では、宮入映(みやいり・えい)さんの浮織生絹着物(うきおりきぎぬきもの)「樹雨」が文部科学大臣賞、



(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
この4点は、「模様がどの工程で生まれているのか」という視点で見ると違いがはっきりします。
浮織は織りの組織そのものによって表面に変化を生みます。小倉縞では糸の配列と色が縞をつくり、江戸小紋では型を用いた細かな染めの反復が重要になります。久留米絣では、あらかじめ染め分けた糸を織ることで文様が立ち上がります。
つまり、同じ「文様」に見えても、表面へ後から描いているわけではありません。糸の段階、染めの段階、織りの段階のどこで像をつくっているのかが、それぞれの技法の核心にあります。
宮入映さんについては、日本工芸会公式でも染織分野の作家であり、浮織生絹着物を継続して発表していることが確認できます。
(参照:宮入映 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
漆芸部門
漆芸では、須藤靖典さんの会津消粉蒔絵漆箱(あいづけしふんまきえうるしばこ)「谷渡りの風」が高松宮記念賞、

(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
この2点は、同じ漆芸でありながら、漆をどこまで「表面」として扱うのか、「素材そのもの」として扱うのかという違いを見る入口になります。
消粉蒔絵(けしふんまきえ)は、漆で描いた文様などに微細な金属粉を用いる蒔絵技法です。一方、堆漆は漆を塗り重ねて生まれた厚い層自体を加工対象とします。
石原雅員さんについては、日本工芸会公式でも漆芸分野に所属し、「堆漆象嵌重ね箱」など堆漆と象嵌を組み合わせた作品を継続的に制作していることが確認できます。
(参照:石原雅員 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
漆芸では、金色や黒色といった「色」だけを見るのではなく、塗り重ね、研ぎ、磨き、加飾によって表面がどのようにつくられているのかを見ると、作品への理解が深まります。
金工部門
金工では、村上浩堂(むらかみ・こうどう)さんの象嵌花器(ぞうがんかき)「暮れ色の運河」が日本工芸会会長賞を受賞しました。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
象嵌は、金属などの母材へ異なる素材を嵌(は)め込み、文様や色彩、面の変化をつくる技法です。
金工作品では、絵具のように色を「塗る」とは限りません。異なる金属そのものの色、表面処理、着色、研磨によって視覚的な差を生み出します。そのため「暮れ色の運河」を見る際にも、色だけを捉えるのではなく、どこからその色が生じているのか、面の境界がどのようにつくられているのかを確認したいところです。
金工は硬質な素材を扱う分野ですが、完成作品では制作時の強い力や加工の難しさが消え、静かな面として見える場合があります。その「工程の強さ」と「完成形の静けさ」の距離は、現代金工の面白さの一つです。
木竹工部門
木竹工では、大木淑恵さんの花籃「濤声」が日本工芸会総裁賞、


(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
同じ木竹工でも、大木さんの花籃と、林さん・川口さんの木工作品では、作品を成立させる考え方が大きく異なります。
竹の花籃では、線材の反復、曲線、交差、空隙(くうげき)そのものが形をつくります。中に「何もない部分」も立体構造の一部です。一方、欅(けやき)による箱や盛器では、木目、面、厚み、稜線、拭漆(ふきうるし)による表面の見え方が重要になります。
木竹工を見るときには、素材をどれだけ加工したかだけではなく、木目や竹の方向性といった素材固有の性質を、作家がどのように形へ取り込んでいるかを見ることが重要です。
公式作品画像を見る段階でも、「濤声」が線の集合と内部の空間によって成立しているのに対し、「生々流転」や「帆翔」では木材の面や量感が大きな視覚要素となっており、同じ部門内の幅を感じさせます。
人形部門
人形部門では、野田リツ子さんの木芯桐塑(もくしんとうそ)布和紙貼「リズム」が日本工芸会奨励賞を受賞しました。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
木芯桐塑は、木などによる芯を基礎に、桐粉などを用いた桐塑によって造形する人形技法です。今回の作品名にはさらに「布和紙貼」とあり、立体の形だけでなく、表面を構成する素材も重要であることが分かります。
野田さんは日本工芸会公式でも人形分野に所属し、木芯桐塑と紙貼りを用いた作品を継続して制作しています。
(参照:野田リツ子 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
人形作品では顔の表情に目が向きやすいものですが、身体の重心、手足の方向、衣服や表面素材の流れ、台座との距離も重要です。「リズム」という作品名を踏まえるなら、人物の一瞬のポーズだけではなく、身体全体がつくる動きの方向を会場で確認したい作品です。
諸工芸部門
諸工芸では、安藤令子さんの七宝蓋物(しっぽうふたもの)「流氷」が日本工芸会奨励賞、

(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
諸工芸を「その他の工芸」と考えてしまうと、この部門の専門性を見落とします。七宝と硯では、素材も制作工程も、完成作品で見るべき点も大きく異なります。
安藤令子さんは日本工芸会公式で諸工芸分野に所属し、これまでも有線七宝(ゆうせんしっぽう)や七宝による器物を発表しています。七宝は金属素地とガラス質の釉薬によって表現するため、表面の光沢や色だけでなく、金属とガラス質の層がどのように一つの面をつくっているかが鑑賞のポイントになります。
(参照:安藤令子 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
中村一姫さんも日本工芸会公式で諸工芸分野に所属し、これまでも「弓条研」「桃果研」「華葉研」など硯作品を継続して発表しています。「びわ研」では、硯という用途を持つ形式と、形そのものの造形性がどのように結びついているかに注目したいところです。
(参照:中村一姫 作品一覧|公益社団法人日本工芸会)
2026年に見られた技法・素材の傾向とは?
第73回展の受賞作16点だけから「2026年の工芸はこの方向へ進んだ」と単一のトレンドを断定することはできません。一方で、公式作品画像、作品名、技法、作家の制作履歴を横断すると、鑑賞時に注目したい共通した問いはいくつか見えてきます。
第一は、素材をそのまま見せるのか、それとも素材の印象を大きく変容させるのかという違いです。
木竹工では、竹の線や欅の木目といった素材そのものの性質が視覚的に残ります。一方、漆を積層する堆漆、金属へ別の金属を組み込む象嵌、糸の配置から模様をつくる絣などでは、素材に複数の工程を重ねることで、出発点とは異なる表情をつくります。
第二は、高度な技法を前面に見せる作品と、技法が完成形の中へ溶け込んでいる作品が同時に存在していることです。
工芸の説明では「非常に難しい技法だから優れた作品だ」という順序になりがちです。しかし、制作の難しさと作品の価値は同義ではありません。複雑な工程が強く視覚化される作品もあれば、技術的な複雑さがほとんど意識されないほど静かな面へ収束している作品もあります。
第三は、器、箱、着物、帯、花器、盛器、蓋物、硯といった用途を示す名称が、現在も多くの受賞作品に残っていることです。
ただし、用途の名称があるからといって、日用品としての「使いやすさ」だけで見るべきではありません。日本伝統工芸展の作品には、器物としての構造を保ちながら、美術工芸として造形を深く追究するものがあります。
使えるか、使えないかという二択よりも、「用途という記憶が作品の形にどの程度残っているか」と考えた方が、第73回展の作品群を横断して理解しやすいでしょう。
編集長コメント|「技法の現在地」をどう読むか
今回の受賞作を見て、最も避けたいのは「伝統か、革新か」という二択です。浮織、江戸小紋、久留米絣、蒔絵、拭漆、象嵌、七宝、青白磁。名称だけを見れば、長く継承されてきた技法が並びます。しかし、そこから生まれた「濤声」「谷渡りの風」「アブストラクト 黒蝶」「暮れ色の運河」「流景-2026-」は、過去作品の再制作ではありません。
工芸で継承されているものは、完成した意匠だけではなく、素材と向き合うための知識や技術です。その共通言語を使いながら、現在の作家がどこに違いをつくるのか。そこを見ることが、2026年の日本伝統工芸展を「技法の現在地」として読む一つの方法だと考えます。
なお、この記事は東京展開幕前の公式資料と作品画像を中心に分析しています。実物では、サイズ、光沢、立体感、細部の仕上げなど、画像では判断できない情報があります。会場で実見した後には、画像段階の分析と異なった印象になる可能性も含めて見る必要があります。
会場で受賞作を見るときに押さえたい5つの視点【チェックリスト】
受賞作品の前で「どこがすごいのか分からない」と感じても、知識不足を気にする必要はありません。まず素材、技法、サイズ、表面、全体の構造という順番で見ると、作品の情報を整理しやすくなります。
チェックリスト|受賞作鑑賞の5つの視点
- 1. 素材を見る:土、糸、漆、金属、木、竹、和紙、ガラス質、石など、作品が何から始まっているのかを確認します。
- 2. 技法を見る:技法名を覚えるだけでなく、その技法が作品のどの部分に現れているのかを探します。
- 3. サイズと量感を見る:公式画像では分かりにくい高さ、幅、厚み、身体との距離を確認します。
- 4. 表面と光を見る:漆の艶、金属の色差、釉薬の厚み、織物の凹凸など、少し見る位置を変えたときの変化に注目します。
- 5. 形と用途の関係を見る:鉢、箱、花器、着物、帯、盛器、蓋物、硯など、用途を示す形式が造形の中にどの程度残っているのかを考えます。
さらに余裕があれば、受賞作だけで鑑賞を終わらせず、同じ部門に展示されている別の入選作品も続けて見てください。
同じ陶芸でも、釉薬を主役にする作品と形を主役にする作品があります。同じ染織でも、染めによって模様をつくる作品と、織りの構造から模様を生む作品があります。同じ木竹工でも、線を組み上げる竹工芸と、木の面や木目を扱う木工では考え方が違います。
受賞作を「答え」として見るのではなく、同じ素材に対する一つの解答として見る。そうすると、日本伝統工芸展全体が比較の場として面白くなります。
よくある質問(FAQ)
第73回日本伝統工芸展2026について、受賞作や会場を調べる際に確認しておきたいポイントを整理します。
- 第73回日本伝統工芸展はいつ・どこで開催されますか?
- 東京展は2026年9月2日(水)から9月15日(火)まで、日本橋三越本店 本館7階催事会場で開催予定です。開場時間は10時から19時で、東京展の観覧料は無料です。
(参照:第73回 日本伝統工芸展) - 第73回日本伝統工芸展2026の最高賞は誰が受賞しましたか?
- 日本工芸会総裁賞には、大木淑恵さんの花籃「濤声」が選ばれました。日本工芸会が2026年8月15日に発表した受賞作品一覧で確認できます。
(参照:第73回日本伝統工芸展 受賞作品一覧|公益社団法人日本工芸会) - 第73回展には何部門ありますか?
- 陶芸・染織・漆芸・金工・木竹工・人形・諸工芸の7部門です。日本工芸会は、この7部門に分けて毎年作品を募集しています。
(参照:公募情報 日本伝統工芸展|公益社団法人日本工芸会) - 2026年の受賞作品には、どのような傾向がありますか?
- 単一の流行として断定することはできませんが、受賞16点には、素材固有の性質を生かす作品と、積層・象嵌・染織などの工程によって素材を大きく変容させる作品の両方が見られます。また、鉢、箱、着物、帯、花器、盛器、蓋物、硯など、用途を示す形式と造形表現の関係も重要な比較軸です。これは工芸ジャポニカによる作品分析であり、公式な審査総評を意味するものではありません。
- 受賞作品では何が評価されたのですか?
- 日本工芸会の受賞作品一覧には賞名・作家名・作品名・作品画像が掲載されていますが、すべての受賞作品について個別の審査理由が公開されているわけではありません。そのため、公式審査理由が確認できない作品について「この技法が評価された」と外部から断定することは避ける必要があります。本記事では素材・技法・造形を鑑賞するための視点として分析しています。
- 人間国宝とは何ですか?
- 文化庁によると、国は重要な無形文化財を重要無形文化財として指定し、その「わざ」を高度に体現・体得する個人や団体を保持者・保持団体として認定します。このうち各個認定された保持者が、一般に「人間国宝」と呼ばれます。
(参照:無形文化財|文化庁) - 「日本伝統工芸展」と「伝統的工芸品」は同じ制度ですか?
- 同じものではありません。日本伝統工芸展は公益社団法人日本工芸会などが主催する公募展です。一方、「伝統的工芸品」は法律に基づく指定制度であり、名称が似ていても制度上は別のものです。
- 受賞作品は購入できますか?
- 受賞したことと、作品が販売対象であることは別です。販売の有無、価格、取扱先は作品ごとに異なるため、会場の販売案内、作家公式情報、取扱ギャラリーなどをご確認ください。受賞情報だけを根拠に購入可能とは判断できません。
- 東京以外でも第73回日本伝統工芸展を見ることはできますか?
- はい。2026年度の第73回展は東京の後、愛知、京都、大阪、宮城、石川、岡山、島根、香川、福岡、広島へ巡回予定です。会期、会場、観覧料、休館日などは会場によって異なるため、来場前に公式ページをご確認ください。
(参照:第73回日本伝統工芸展 開催スケジュール|公益社団法人日本工芸会)
第73回日本伝統工芸展2026の受賞作16点を並べると、「伝統工芸」という一つの言葉で作品を均一に説明することの難しさが見えてきます。
竹の線から空間をつくる作品があれば、木の面と木目を生かす作品があります。糸の配列から模様を生む作品があれば、金属へ異なる金属を嵌め込む作品があります。漆を表面に加飾する方法もあれば、漆の積層そのものを素材として扱う方法もあります。
日本伝統工芸展を見る面白さは、「伝統工芸にはこういう形がある」と確認することではなく、同じ技術体系を受け継いだ作家たちが、そこからどれほど異なる作品へ到達しているかを比較できることにあります。
まず受賞作を見て、その次に同じ部門の入選作を見る。そして素材が同じでも、形、表面、光、用途との関係がどう違うのかを比べてみてください。
そこまで視線を広げると、第73回日本伝統工芸展は「高度な技法を見る展覧会」から、現在の作家たちが素材と技術を使って、何を選び、何を更新しているのかを見る展覧会へ変わります。







