人間国宝の作品を展覧会で見る機会はあっても、人間国宝同士が互いの仕事や創作観について語り合う場面に触れる機会は、決して多くありません。
BS朝日では、2026年9月2日(水)から4週にわたり、ドキュメンタリー番組「人間国宝×人間国宝」が放送されます。放送時間は毎週水曜日の23時30分から24時まで。蒔絵(まきえ)、色絵磁器(いろえじき)、長板中形(ながいたちゅうがた)、木工芸(もくこうげい)、鍛金(たんきん)、髹漆(きゅうしつ)、釉下彩(ゆうかさい)という異なる分野の重要無形文化財保持者8名が、2名ずつ対談します。
ARTerraceは、本番組の企画制作および撮影に全面的に協力したと発表しています。番組内では、伝統工芸の魅力とともに、同社の取り組みも紹介される予定です。
本記事では放送日程と出演者に加え、なぜ異なる分野の人間国宝を組み合わせるのか、4組の対話から何が見えてくるのかを、工芸を鑑賞するための視点とともに整理します。
(参照:人間国宝×人間国宝|BS朝日)
(参照:BS朝日ドキュメンタリー「人間国宝×人間国宝」放送のお知らせ|ARTerrace)
目次
なぜ「人間国宝×人間国宝」なのか――分野をまたぐ対談という設計
この番組の重要な点は、著名な工芸家を紹介するだけでなく、異なる素材と技法を極めた保持者同士を向き合わせていることです。
一人の作家を追うドキュメンタリーでは、その人の技法や経歴、代表作を深く掘り下げられます。一方、対談では、相手の言葉を受けたことで初めて語られる考えや、自分とは異なる仕事を見たときの反応が生まれます。
漆、土、布、木、金属では、素材の性質も制作工程も異なります。乾燥を待つ仕事、火を通す仕事、打つ仕事、削る仕事、染める仕事があり、失敗を修正できる段階や、完成を判断する基準も同じではありません。
しかし、専門を越えて対話するためには、素材とどう向き合うのか、受け継いだ技術をどこまで変えるのか、身につけた技をどのように次世代へ渡すのかといった、両者に共通する問いへ言葉を開いていく必要があります。そこに、この対談形式ならではの可能性があります。
編集長コメント
工芸を継続的に見ていると、完成作品の意匠だけでなく、作り手が「何を残し、何を変え、どこで完成と判断したのか」が気になってきます。工芸家の独自性は、目に見える形や模様だけではなく、制作中に積み重ねられる判断にも表れます。互いの仕事を鏡にして、自分の営みをあらためて言語化する。その瞬間に触れられることが、この番組の大きな見どころです。
BS朝日は、第1回について、室瀬和美氏と十四代今泉今右衛門氏が、それぞれ異なる素材と技法に向き合ってきた経験から、「伝統とは何か」「創造とは何か」を語ると紹介しています。
人間国宝同士の交流を眺めるだけでなく、何を受け継ぎ、何を新しく生み出そうとしているのかに耳を傾けることで、番組の見え方は一段深くなります。
(参照:人間国宝×人間国宝|BS朝日)
4夜の顔合わせ――「素材と技法の対照」として読む
全4回の組み合わせは、異なる素材と技法から工芸の共通点を考える視聴ガイドとしても読むことができます。
以下の「注目したい視点」は、放送前に公表された出演者と認定分野をもとに、工芸ジャポニカ編集部が整理したものです。実際に番組で語られる内容を事前に断定するものではありません。
| 放送日 | 出演者 | 認定分野 | 注目したい視点 |
|---|---|---|---|
| 9月2日(水) | 室瀬和美 × 十四代今泉今右衛門 |
蒔絵 × 色絵磁器 |
漆と磁器の表面に、光と色をどう定着させるか |
| 9月9日(水) | 松原伸生 × 渡辺晃男 |
長板中形 × 木工芸 |
型と藍による文様、木取りと造形に見る素材との対話 |
| 9月16日(水) | 大角幸枝 × 須田賢司 |
鍛金 × 木工芸 |
金属と木に、道具と手の力で形を与える判断 |
| 9月23日(水) | 小森邦衞 × 中田一於 |
髹漆 × 釉下彩 |
塗り重ねる色と、釉薬の下に宿す色 |
いずれも放送時間は23時30分から24時までです。放送日時や内容は変更される場合があるため、視聴前に番組公式ページをご確認ください。
(参照:BS朝日ドキュメンタリー「人間国宝×人間国宝」放送のお知らせ|ARTerrace)
第1回 蒔絵 × 色絵磁器(室瀬和美/十四代今泉今右衛門)
第1回の軸は、受け継いだ技術を守りながら、現在の表現をどう生み出すかです。
9月2日に登場するのは、重要無形文化財「蒔絵」保持者の室瀬和美氏と、重要無形文化財「色絵磁器」保持者の十四代今泉今右衛門氏です。
蒔絵は、漆で描いた文様に金粉や銀粉、色粉などを蒔き付けて表現する漆芸の加飾(かしょく)技法です。研出蒔絵(とぎだしまきえ)、平蒔絵(ひらまきえ)、高蒔絵(たかまきえ)などがあり、金属粉の蒔き方や漆の重ね方によって多様な表情が生まれます。
色絵磁器は、磁器の表面に赤、黄、緑、紫などの色絵具を用いて文様を表す技法です。一般には、本焼きした磁器に上絵付(うわえつけ)を施し、再度焼成(しょうせい)して色を定着させます。
漆の上に金属粉を宿す仕事と、土と火から生まれた磁器に色を定着させる仕事。素材と工程は異なりますが、どちらも器物の表面を単なる装飾の場ではなく、作家の美意識を表す空間へ変える仕事です。
BS朝日は、二人が「伝統とは何か」「創造とは何か」を、それぞれの経験から語ると紹介しています。伝統を正確に継承しながら、模倣に終わらない表現をどう生み出すのかが、第1回を見る重要なポイントです。
(参照:重要無形文化財「蒔絵」|国指定文化財等データベース)
(参照:重要無形文化財「色絵磁器」|国指定文化財等データベース)
第2回 長板中形 × 木工芸(松原伸生/渡辺晃男)
第2回では、型と藍によって文様を定着させる仕事と、天然素材の個体差を造形へ生かす仕事が向き合います。
9月9日に登場するのは、重要無形文化財「長板中形」保持者の松原伸生氏と、重要無形文化財「木工芸」保持者の渡辺晃男氏です。
長板中形は、長い板に生地を張り、型紙を用いて防染糊(ぼうせんのり)を置き、藍で染める技法です。生地の表裏から模様を合わせて糊を置く工程には、高い精度が求められます。
木工芸では、指物(さしもの)、刳物(くりもの)、挽物(ひきもの)、曲物(まげもの)などの技法を用い、材を選び、削り、組み、木の性質を生かしながら形を構成します。
布へ型を反復して文様を定着させる仕事と、一本ごとに異なる木の性質を読み取る仕事。一見すると対照的ですが、どちらも素材を一方的に支配するのではなく、その条件に合わせて工程を組み立てる仕事です。
布への藍の入り方、木目や木の動きまで見ながら、どの段階で人の意図を加えるのか。素材と技術の関係がどのように語られるのかに注目したい回です。
(参照:重要無形文化財「長板中形」|国指定文化財等データベース)
(参照:重要無形文化財「木工芸」|国指定文化財等データベース)
第3回 鍛金 × 木工芸(大角幸枝/須田賢司)
第3回の見どころは、性質の異なる金属と木に、手と道具を通して形を与える二人の素材観です。
9月16日に登場するのは、重要無形文化財「鍛金」保持者の大角幸枝氏と、重要無形文化財「木工芸」保持者の須田賢司氏です。
鍛金は、金属板を金鎚(かなづち)や木槌(きづち)で打ち、必要に応じて熱処理を加えながら、器物や立体へ成形する金工技法です。金属に亀裂を生じさせないよう、素材の状態を見極めながら工程を進めます。
木工芸では、木を削るだけでなく、樹種や木目、乾燥状態を読み、木取りを考え、複数の部材を組み合わせながら形を構築します。
金属と木では、変形の仕方も道具の働きも異なります。しかし、素材へ無理をさせず、次の一手を加えるか、そこで止めるかを判断する点は共通します。完成作品の背後にある、素材の限界と作り手の意図の関係に注目したい対談です。
(参照:重要無形文化財「鍛金」|国指定文化財等データベース)
(参照:重要無形文化財「木工芸」|国指定文化財等データベース)
第4回 髹漆 × 釉下彩(小森邦衞/中田一於)
第4回は、完成後の表面からは見えにくい「層」と「工程」を、どのように表現へ変えるかに注目したい組み合わせです。
9月23日に登場するのは、重要無形文化財「髹漆」保持者の小森邦衞氏と、重要無形文化財「釉下彩」保持者の中田一於氏です。
髹漆は、素地(そじ)の材料選びから下地、上塗り、仕上げまでを含む、漆塗りを中心とした技法です。完成した塗面の奥には、外からは見えない複数の工程が重なっています。
釉下彩は、陶磁器の素地に装飾を施し、その上から釉薬(ゆうやく)をかけて焼成する技法です。釉薬の色や透過性と、その下に施された装飾との関係によって、奥行きのある色彩表現が生まれます。
漆を塗り重ねて深い塗面をつくる仕事と、釉薬の下へ色彩を定着させる仕事。どちらも、外からは見えにくい工程の蓄積が、完成後の表面に深さを与えます。
最終回では、色や光沢の奥にある時間を、二人がどのような言葉で捉えるのかに注目したいところです。
(参照:重要無形文化財「髹漆」|国指定文化財等データベース)
(参照:重要無形文化財「釉下彩」|国指定文化財等データベース)
撮影現場から――蒔絵の静寂
第1回の撮影現場では、蒔絵が手先の技術だけでなく、制作環境を整えるところから始まる仕事であると分かる出来事があったといいます。
ARTerraceの記事によると、室瀬和美氏の仕事場で撮影に立ち会ったスタッフは、その空間を「武道場のように清潔だった」と振り返っています。作業中は風を起こさないよう求められ、静寂のなかで、粉筒(ふんづつ)を一定のリズムで叩く音だけが響いていたそうです。
蒔絵で扱う金粉や銀粉は細かく、意図しない空気の動きも作業へ影響します。ここで注目したいのは、静かな作業風景を職人らしい美談として消費することではありません。室内の清潔さ、空気、人の動きまでが制作条件に含まれていることです。
編集長コメント
完成作品を見ると、私たちは金の輝きや文様に目を奪われます。しかし、その輝きは、作業場で「何も動かさない」ために払われた注意からも生まれています。映像で工芸を見る価値は、完成品の正面写真だけでは伝わらない、身体と環境の関係を確認できることにもあります。
ARTerraceのスタッフは、金粉が蒔かれる光景について、金粉自体がきらめく音を立てているように感じたと表現しています。音を抑えた空間だからこそ、普段は意識されにくい作業のリズムが浮かび上がったのでしょう。
(参照:BS朝日ドキュメンタリー「人間国宝×人間国宝」放送のお知らせ|ARTerrace)
「人間国宝」とは――重要無形文化財保持者という制度
「人間国宝」は、重要無形文化財の保持者のうち、各個認定を受けた個人を指す通称です。
文化庁は、演劇、音楽、工芸技術など、人間の「わざ」そのものを無形文化財と位置づけています。そのうち重要なものを国が重要無形文化財に指定し、そのわざを高度に体現または体得する個人や団体を、保持者または保持団体として認定します。
認定方法には、個人を認定する「各個認定」、複数人が一体となって技を体現する場合などの「総合認定」、技術を保持する団体を認定する「保持団体認定」があります。このうち、各個認定を受けた個人が、一般に人間国宝と呼ばれています。
つまり、人間国宝は、人物を漠然と「国の宝」として順位づけする制度ではありません。先に保護・継承すべき「わざ」があり、そのわざを高度に保持する人物が認定されます。
今回の出演者8名も、単に著名な作家として集められたのではなく、蒔絵、色絵磁器、長板中形、木工芸、鍛金、髹漆、釉下彩という具体的な技術の保持者です。
本人の言葉に触れることで、技を支える判断や、継承と創造に対する考え方を、より具体的に受け取りやすくなります。制度の背景を知っておくと、番組で交わされる言葉の意味も捉えやすくなるでしょう。
(参照:無形文化財|文化庁)
放送情報
BS朝日「人間国宝×人間国宝」は、2026年9月2日から9月23日まで、毎週水曜日に全4回放送される予定です。
BS朝日「人間国宝×人間国宝」番組概要
- 放送局:BS朝日
- 放送期間:2026年9月2日(水)~9月23日(水)
- 放送時間:23:30~24:00
- 放送回数:全4回
- 出演者:重要無形文化財保持者8名
- 制作協力:ARTerrace
放送日時や内容は変更される場合があります。視聴前に、BS朝日の番組公式ページで最新情報をご確認ください。
(参照:人間国宝×人間国宝|BS朝日)
(参照:BS朝日ドキュメンタリー「人間国宝×人間国宝」放送のお知らせ|ARTerrace)
作品にふれるには
番組を見て実際の作品にも関心を持ったら、展覧会や作家・作品紹介へ視野を広げてみてください。
室瀬和美氏、十四代今泉今右衛門氏、大角幸枝氏、小森邦衞氏の作家・作品紹介ページが案内されています。番組で語られる言葉を作品の形や表面と結びつけるための、参考資料の一つになります。
ARTerraceは、日本工芸会と連携する企業グループの文化振興事業として、人間国宝を含む伝統工芸作家の作品流通や情報発信に取り組んでいると説明しています。
今回の4組は、漆と磁器、布と木、金属と木、漆と陶磁器という、異なる素材と工程の組み合わせです。しかし、違いを並べるだけでは、対談を見る意味を十分に捉えられません。
工芸における伝統とは、過去の形をそのまま保存することだけではありません。素材を観察し、受け継いだ技術を理解し、そのうえで自分の時代に必要な形を選ぶことです。
人間国宝同士の対話から聞き取りたいのは、完成された答えだけではなく、長い制作のなかで問い続けてきた人の判断です。互いの仕事を鏡にして、自らの営みを語り直す。
その瞬間に立ち会えることが、BS朝日「人間国宝×人間国宝」の大きな価値ではないでしょうか。
