400年以上にわたり受け継がれてきた日本の伝統工芸が、いかにして現代のライフスタイルに溶け込み、グローバル市場で新たな価値を創出するのか。その一つの具体例として注目を集めているのが、甲州印伝(Koshu Inden)の老舗「有限会社印傳の山本(Inden Yamamoto)」が発表した新ブランド「obudo(オブド)」です。販売開始時期としては、2026年1月28日から店頭・EC等での展開が報じられています。
「印伝=鹿革」という長年のイメージを相対化し、アニマルフリー素材(Animal-free material)へ拡張するこの試みは、単なる新商品の投入にとどまりません。素材・用途・発信方法までを含め、伝統工芸のブランディングを再設計するケースとして参照されています。
本記事では、この「印傳の山本 obudo」がどのようにして伝統を「更新」したのか、その戦略を整理します。
この記事で押さえておきたい、最も重要なポイントは以下の3点です。
- 伝統の再定義: 印傳の山本による新ブランド「obudo(オブド)」は、400年続く甲州印伝の技法(漆付け)を守りつつ、鹿革に代わり東レの植物由来成分を含む人工皮革「Ultrasuede(R)nu」を採用した革新的な「アニマルフリー(Animal-free)」の伝統工芸です。
- 携帯する工芸への適応: プロダクトデザイナーとの協業により、山梨の自然をモチーフにしたモダンな新柄(waterdropなど)を開発。デジタルツール向けの小物入れやバッグなど、現代の日常に寄り添う「携帯する工芸」へとアップデートしています。
- グローバルマーケティングの成功事例: 2026年1月の国内外同時発売に先駆け、パリの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ(Maison & Objet)」へ出展。サステナビリティと実用性を両立したデザインが、伝統工芸ブランディングの新たな成功法則を示しています。
本物志向のプロフェッショナルへ向けて、伝統と革新が交差する最前線をご案内いたします。
目次
伝統工芸のブランディングを革新する。「印傳の山本」の新ブランド「obudo」の衝撃
甲州印伝とは?400年の歴史が生む「漆と革」の芸術と現代へのアップデート
このブランドを立ち上げたのは、山梨県甲府市に工房を構える老舗「有限会社印傳の山本」です。
同社を率いる山本裕輔(Yusuke Yamamoto)氏について、山梨県の紹介記事では「総合部門では現在、日本で唯一の甲州印伝 伝統工芸士」とされています。
甲州印伝は、なめした鹿革(Deerskin)に漆(Urushi)で模様を付ける技法として広く知られています。
一方でobudoは、コアとなる「漆による加飾技術」を維持しながら、素材領域を再定義する方向へ踏み込んでいます。これは「伝統を捨てる」ではなく、「どこを不変とし、どこを可変とするか」を再設計した取り組みとして読み解けます。
【分析】obudoのブランディング戦略:なぜ「脱・鹿革」だったのか?
①素材の革新:アニマルフリー素材「ウルトラスエード(R)ヌー」採用の決断
最大の変更点は素材の転換です。obudoは鹿革の代わりに、東レ株式会社が展開する人工皮革「Ultrasuede(R)nu(ウルトラスエード ヌー)」を採用しています。同素材は、植物由来の再生資源を原料の一部に使用する趣旨の資料が公開されています。
アニマルフリー(Animal-free)という価値は、エシカル消費やサステナビリティ志向の文脈で理解されやすく、用途面でも軽量性や取り扱いのしやすさといった利点が語られます。ただし「本革より必ず優れる」といった単純比較はできないため、本文では機能の優劣ではなく「意図された価値設計」として整理しています。
また、人工皮革の上に漆を安定的に定着させることは一般に難易度が高い領域です。obudoは、甲州印伝の加飾技術(Urushi patterning)の蓄積を前提に、この異素材ミックスを成立させた点が特徴です。
②デザインの再定義:山梨の自然を描くモダンな「4つの新柄」
第二の柱はデザインの再定義です。obudoはプロダクトデザイナーとの協業により、山梨の自然から着想した「waterdrop(ウォータードロップ)」「crystal(クリスタル)」「cracs(クラックス)」「cell(セル)」という4つの新柄を開発したと報じられています。
古典柄が強い印伝のイメージに対し、ミニマルかつ幾何学性のあるパターンへ振り切ることで、ガジェットや現代的な装いと干渉しにくい視覚言語を獲得しています。これは「柄の刷新」だけでなく、購買シーン(daily carry / tech accessories)を明確化する設計としても機能します。
③世界が注目する伝統の進化:「メゾン・エ・オブジェ」での反響
また、2026年1月展(会期:2026年1月15日~19日)について、JETROが見本市の位置づけや支援出展の情報を公表しており、同展示会が欧州のライフスタイル領域で影響力を持つ場であることが一次情報として確認できます。
「日本の職人技」×「素材の現代的価値」×「用途の現実性(持ち歩き・デバイス周辺)」という構図は、海外バイヤーに説明しやすいストーリーになります。
現代のライフスタイルに溶け込む、obudoのプロダクトラインナップ
「携帯する工芸」として日常に溶け込むデザイン
まとめ:伝統をアップデートし続ける「obudo」の価値と工芸のエコシステム
甲州印伝の新境地「obudo(オブド)」は、ひとつのブランド事例であると同時に、伝統工芸が現代の市場と接続するための設計論として参照できます。ポイントは、伝統を一枚岩として扱わず、「不変の核」と「更新する接点」を分解して再構築している点です。
Kogei Japonicaが考える、「守る」ことと「変わる」ことの絶妙なバランス
印傳の山本は、「漆で模様を付ける」という本質的な技術(コア)は維持しつつ、素材(脱・鹿革)、デザイン(モダン柄)、用途(携帯する工芸)というユーザー接点を現代の価値観に合わせて更新しました。この切り分けは、他の産地・他素材の工芸にも転用可能なフレームです。
2026年の伝統工芸ブランディングでは、「ストーリー」より先に「仕様」と「用途」を設計し、その上で文化的背景を通訳する順序が、海外展開や新規顧客獲得において有効に働く場合があります。obudoの動きは、その方向性を示唆する事例として位置づけられます。
