髹漆(きゅうしつ)は、木地に漆を何度も塗り重ね、研ぎと磨きを繰り返して仕上げる、日本の漆工芸を代表する高度な技法です。中には30回以上も塗りと研ぎを重ねることで、深い艶と滑らかさ、堅牢さを備えた仕上がりを実現し、実用品としての強さと芸術品としての美しさを両立させています。

この記事では、髹漆の歴史的背景から、塗りと研ぎの工程、漆の種類や仕上げのバリエーションまでを詳しく解説します。日本の工芸美を支える職人の手仕事の世界を、ぜひじっくりと味わってみてください。

髹漆(きゅうしつ)とは?──漆を“塗り重ねる”伝統技法の総称


髹漆(きゅうしつ)とは、漆を木や布、紙、金属などの素地に塗り、乾燥、研磨を繰り返して丈夫で美しい塗膜を形成する伝統的な漆芸技法の総称です。「髹」は「塗る」「塗装する」という意味を持ち、単なる表面のコーティングではなく、下地作りから仕上げまでの複雑な工程全体を指します。

漆は生漆(きうるし)から精製され、塗膜としての耐水性、防腐性、装飾性を備え、さらに時間とともに艶が深まるという特性を持ちます。髹漆は、この漆の持つ自然素材の力を最大限に引き出すために体系化された技法であり、日本、中国、朝鮮など東アジアの漆芸文化を支える基礎となっています。

以下では「塗る・研ぐ・磨く」を繰り返す工程、中国最古の技術書『考工記』との関わり、日本の縄文時代から続く美意識について解説します。

「塗る・研ぐ・磨く」を繰り返す漆芸の基礎工程

髹漆の工程は、単純に漆を一度塗るだけでは終わりません。下地、中塗り、上塗りという各段階で、「塗る」「乾かす」「研ぐ」「磨く」を繰り返すことで、堅牢かつ滑らかで深い艶を持つ塗膜を形成します。

下地作りでは、木粉や砥の粉、米糊、漆を混ぜた下地漆を素地に塗り、乾燥させては研ぐことを何度も行い、傷や歪みを消し、器形を安定させます。中塗りでは下地の段差を埋めつつ漆の層を築き、上塗りでは澄んだ漆を刷毛で塗布し、漆風呂で湿度管理をしながら塵を避けて硬化させます。

乾燥後には研磨や磨き粉で丹念に磨き上げ、鏡面のような光沢を生み出します。これらの工程は製品によって5〜30工程以上繰り返されることもあり、完成品は耐水性、耐久性、装飾性を兼ね備えた芸術作品となります。漆塗りは、職人の経験と技術、素材の質、そして時間をかけた作業が生み出す、まさに伝統工芸の粋といえる技法です。

日本では縄文漆器から続く“塗りと艶”への美意識

日本における漆芸の歴史は、縄文時代にまで遡ります。青森県の三内丸山遺跡などから出土した漆塗りの木製品や土器には、紀元前6000年以上前の人々が既に漆を使って防水・防腐機能を高めるだけでなく、艶やかで美しい仕上げを追求していたことが示されています。

この「塗りと艶」を愛でる美意識は、弥生、古墳、奈良、平安時代を経て、蒔絵、螺鈿、彫漆などさまざまな装飾技法を発展させつつ、現代まで連綿と受け継がれています。日本の髹漆では特に「無地の艶」を大切にし、塗りのムラを抑え、鏡面のような光沢を実現する高度な塗師の技が評価されます。

また、木地や下地の工程を含む分業体制が確立し、地域ごとに異なる塗りの技法(越前、輪島、津軽など)が発展しました。日本独自の「用の美」「経年変化を楽しむ美意識」が、髹漆技法を単なる技術ではなく、文化そのものへと高めています。

髹漆の発展と地域ごとの特色とは?

髹漆(きゅうしつ)は、漆を塗り重ねる技法全般を指し、東アジアの漆芸文化を支えてきた基礎的な技術体系です。漆そのものの特性を活かしながら、「塗る」「研ぐ」「磨く」を繰り返すことで、堅牢性と美しさを備えた塗膜を作り上げます。

その発展は、理論の確立と地域ごとの工夫の積み重ねに支えられてきました。中国では明清期に理論書『髹飾録』がまとめられ、日本では輪島塗、会津塗、越前漆器など地域ごとに独自の技法と美意識が形成されました。

さらに、近代以降の化学塗料の普及と、それに対抗する天然漆の価値の見直しなど、時代の変化とともに技法や価値観も変遷を遂げています。以下では、中国の理論化、日本の地域ごとの特色、そして現代の動向について詳しく解説します。

中国明清期「髹飾録(きゅうしょくろく)」が確立した漆塗りの理論体系

中国では古代から漆を用いた技法が発展し、戦国時代の『考工記(こうこうき)』にその基礎が記されていましたが、明清期に入るとその知識と技術はさらに体系化されました。特に明末〜清初に成立した技術書『髹飾録』(しゅうしょくろく)は、漆塗りに関する最も詳細な理論書とされ、素地の選定、下地調整、漆の調合、塗布方法、乾燥管理、加飾技法などを網羅的に解説しています。

この書物は職人の経験知を集約したマニュアルであり、中国国内のみならず、朝鮮半島や日本の漆工技術にも大きな影響を与えました。
『髹飾録』では、「塗る・研ぐ・磨く」を繰り返す多層構造の塗膜形成が理論的に整理され、装飾では彫漆、螺鈿、填漆、描金など多彩な技法を組み合わせた高度な美術工芸品を生み出しました。

髹漆を工芸から芸術へと高め、東アジア漆芸の頂点を築いた背景には、この理論化の存在があったといえます。

日本各地の塗り物──輪島塗・会津塗・越前漆器の違い

日本でも漆塗りは地域ごとに独自の技術とデザインが発展し、伝統工芸品としての特色を育んできました。

輪島塗(石川県)は堅牢さと加飾性が特長で、布着せや下地漆を何層にも塗り重ね、さらに蒔絵や沈金による華麗な装飾を施します。
地元産の輪島地の粉と米糊で作る下地が割れや歪みを防ぎ、耐久性に優れることから、日常使いの食器から高級調度品まで幅広く支持されています。

一方、会津塗(福島県)は、藩政時代に奨励され広まった塗り物文化で、黒漆塗や朱漆塗、金蒔絵の華麗さが特徴です。
武家文化の影響を受けた重厚な意匠と、庶民にも広がった手頃な漆器の両面を持ちます。

越前漆器(福井県)は業務用漆器のトップシェアを誇り、分業体制を活かした大量生産と高品質を両立。無地塗りの艶やかな表情に加え、耐久性を追求した下地技法が評価されています。このように、地域ごとの自然環境、歴史、消費文化がそれぞれの塗り物を特徴づけてきました。

近代以降の化学塗料普及と天然漆回帰の動き

近代化と産業化の進展に伴い、漆芸の世界でも大きな転換期を迎えました。化学塗料の普及は、乾燥時間が長く取り扱いが難しい天然漆に比べ、安価で速乾性があり、大量生産に適した利点を持っていたため、20世紀中盤から家具や食器産業を中心に急速に浸透しました。

しかし一方で、化学塗料では天然漆特有の深い艶、経年変化による風合い、湿気を通しながら木材を保護する透湿性などは再現が難しく、職人や愛好家の間では天然漆への評価が改めて高まりました。現在では、伝統的な技法を継承する職人たちが地域ブランドを守るとともに、海外の需要や意匠デザインの多様化に応えるため、天然漆を用いた新しい製品開発や技術継承に力を入れています。

こうした動きは、自然素材を尊重し、時間をかけて「育つ美しさ」を大切にする日本らしいものづくり文化の再評価とも重なり、次世代へと伝える意義を持っています。

髹漆(きゅうしつ)を支える素材の選び方


髹漆(きゅうしつ)の工程は、漆芸の美しさと耐久性を支える要です。漆は単なる塗料ではなく、自然由来の高機能性樹脂であり、その性質を最大限に活かすためには、塗布や硬化、研磨、加飾など複数の段階で素材を最適に選ぶ必要があります。

特に生漆(きうるし)の産地や成分比による性質の違い、工程に応じた漆の種類の使い分け、そして木粉や砥の粉、米糊を練り合わせた下地づくりは、完成品の強度や艶、意匠の質を決める重要な要素です。以下では、国産・中国産生漆の成分差、工程別漆の選択、下地素材の役割と組み合わせについて詳しく解説します。

国産と中国産の生漆(きうるし)成分比と硬化速度

生漆(きうるし)は、ウルシノキの樹皮に傷をつけて採取される樹液で、漆芸の基本素材です。漆液にはウルシオールを主成分とする樹脂成分、水分、酵素、ゴム状物質が含まれています。

国産漆(日本産)は、ウルシオール含有量が約60〜70%と高めで、比較的粘度が高く、乾燥後の塗膜が強靭で透明感があり、艶やかな仕上がりを得やすいのが特徴です。しかし乾燥(硬化)速度はやや遅く、塗布後の湿度管理を丁寧に行う必要があります。

一方、中国産漆はウルシオールが約43〜71%と産地や精製度によって幅があり、水分やその他成分の割合が多いものもあるため、産地や品質によって硬化速度や作業性が異なり、塗膜の透明度や粘り、光沢感で国産漆に劣る面もあります。現代の漆芸現場では、コストや作業性を考慮し、国産・中国産をブレンドして使用するケースも増えています。用途や表現に応じて素材特性を理解し、最適な漆を選ぶことが、質の高い髹漆作品を生み出す鍵となっているのです。

生漆(きうるし)・透き漆(すきうるし)・呂色漆(ろいろうるし)──工程別に使い分ける漆の種類

髹漆技法では工程ごとに性質の異なる漆を使い分けます。

生漆(きうるし)

生漆(きうるし)は採取したままの未精製漆で、水分と微細な樹皮片を含むため赤褐色の半透明膜になります。密着性と硬度が高く、摺漆や下地付け、接着用の麦漆・糊漆に適しています。

透き漆(すきうるし)

透き漆(木地呂漆)は、生漆を撹拌(なやし)と低温加熱(くろめ)で水分を飛ばし、濾過して透明度を高めた精製漆です。飴色の透明膜を作り、中塗りや上塗り、研ぎ出し仕上げ、色漆の基剤など幅広く用いられます。

呂色漆(ろいろうるし)

呂色漆は、生漆に鉄分を反応させて黒色化した後、油分を含まない状態まで精製した黒漆です。顔料を加えないため漆膜に奥行きが生まれ、上塗り後に炭磨き・呂色磨きを施すと鏡面のような深い黒艶が得られます。

このように下地=生漆系、 中層・上層=透き漆、 最終鏡面仕上げ=呂色漆という材料設計と「塗る→乾かす→研ぐ→磨く」の反復が、堅牢で美しい多層漆膜を生み出します。

地の粉・砥の粉・米糊を組み合わせた堅牢下地づくり

髹漆の仕上がりを支えるのが「下地づくり」です。これは単なる下塗りではなく、木地の歪みや割れを防ぎ、塗膜の密着性を高め、最終的な艶や鏡面仕上げを可能にする基盤を整える作業です。

下地漆は、地の粉(珪藻土を焼成粉砕した粉末)や砥の粉(石粉)を生漆や米糊と練り合わせたペースト状の材料を用いて作ります。これを何層にも塗り重ね、乾燥させ、研磨することで、素地の凹凸を埋め、滑らかで丈夫な土台を形成します。

輪島塗では、木地の割れやすい部分を麻布や寒冷紗で補強する「布着せ」を行います。まず生漆に米糊を少量混ぜた「着せ物漆」を布に染み込ませ、ヘラや指で木地に強く押し付けて丁寧に貼り付けます。着せ物が硬化した後、布着せの重なりを削り取り、さらに生漆と地の粉を混ぜた「惣身漆」を塗り込み、布目をきれいに埋めます。これにより、割れにくい堅牢な下地層を構築します。

こうした下地作りは、漆の塗膜が長持ちし、経年変化で美しさを増す髹漆の価値を支える重要な工程です。職人は気温や湿度、材料の特性を読み取りながら調合を微調整し、下地から仕上げまで一貫して品質を追求しています。

髹漆の基本工程と職人技

髹漆(きゅうしつ)は、漆を何層にも塗り重ね、乾燥、研磨を繰り返すことで堅牢で美しい塗膜を形成する伝統技法です。その工程は単純な塗装ではなく、素材の特性を読み、道具や環境を細やかに調整しながら数十日から数か月をかけて進められます。

特に木地固めや布着せなどの下地三段階は、歪みや割れを防ぎ漆膜の耐久性を支える土台です。中塗りや上塗りでは漆風呂での湿度管理が肝心で、職人は「呼吸するように」塗りと乾かしを繰り返します。そして最後の研ぎ出し・呂色磨きで、炭や磨粉を駆使し鏡面のような深い艶を生み出します。以下では各段階を詳しく解説し、髹漆が単なる技術を超えた職人芸術である理由を紐解きます。

木地固め→布着せ→下塗り──歪みを防ぐ下地三段階

髹漆ではまず「木地固め」で生漆を素地に摺り込み、導管内壁を漆膜で被覆して木材の膨張収縮を抑えます。続く「布着せ」では接合部や縁に麻布を着せ物漆(生漆+米糊)で貼り、割れや衝撃に強い層を形成します。

下塗りは地の粉と生漆、米糊を混ぜた下地漆を塗り・乾燥・研ぎを繰り返し木地段差を埋め、布目を消します。布目が整った後に砥の粉を加えた錆付け層でさらに平滑度を高め、上塗りが均一に乗る基盤を作ります。気温・湿度・漆の状態を見極めて配合や塗厚を調整することが、長期使用に耐える堅牢な漆器づくりの鍵となります。

この層を築くことで木地の段差を埋め、漆の密着性を高め、上塗りで美しい平滑面を実現します。下地がしっかりしていなければ、どれだけ上手に上塗りしても長年の使用に耐える漆器にはなりません。職人は気温湿度に応じて下地漆の硬さや塗布量を調整しながら、器ごとに最適な下地を作り上げます。

中塗り→上塗り──塗っては乾かす“漆風呂”管理のコツ

下地が完成した後は、中塗り・上塗りで漆膜を積層し、最終的な色調と質感を整えます。中塗りでは、より精製度の高い透き漆を塗り重ね、下地の研磨跡を埋めながら滑らかな面を作ります。塗布後は「漆風呂」と呼ばれる高湿度の空間に入れ、適度な湿度(70〜80%前後)で酵素硬化を促します。

乾燥させすぎると縮みやムラが発生し、逆に湿度が不足すると固まらないため、職人は季節や天候を読み、室温や湿度を細かく管理します。上塗りはさらに精製度を高めた呂色漆を使い、刷毛目が出ないように一気呵成に塗り切る技術が問われます。

上塗りの段階でホコリや塵が付かないよう漆風呂を清掃し、静電気や風の流れにも配慮します。この繊細な管理を経ることで、漆特有の深い透明感と色の奥行きを持つ塗膜が生まれるのです。

研ぎ出し→呂色磨き──炭と磨粉で鏡面を生む仕上げ技

最後の仕上げ工程が「研ぎ出し」「呂色磨き」です。上塗りが完全に硬化した後、細かい傷や刷毛目を取り除き、理想的な艶を出すために行われます。研ぎ出しでは、水をつけながら炭(木炭を焼成粉砕したもの)や砥石で表面を丹念に研磨し、微細な凹凸をなくします。

ここで力加減を誤ると漆膜を削りすぎたりムラを作ったりするため、熟練の技が必要です。その後、呂色磨きでは、磨粉や砥の粉を植物油と混ぜて作った磨き泥を使い、綿布や手のひらで円を描くように磨き上げます。

これにより、まるで鏡のように周囲を映す光沢と深い色味が現れます。漆は光を通しつつ内部で乱反射するため、独特の「奥行きのある艶」が生まれるのです。こうした仕上げは、使い込むほどに摩擦や手脂でさらに艶が増すため、「育つ工芸品」として長年愛され続けています。

髹漆における仕上げのバリエーション


髹漆(きゅうしつ)は、漆を塗り重ね、研ぎ、磨くことで生まれる伝統技法の総称ですが、その完成品には地域や用途、美意識によって多様な仕上げが存在します。塗りを繰り返す工程自体は共通でも、仕上げの表現には職人の審美眼や顧客の要望、生活文化が強く反映されます。

たとえば、刷毛目を消した鏡面のような「花塗り」、木目を美しく透かす「春慶塗・木地呂塗」、光を吸収し柔らかく拡散させる「溜塗・梨地仕上げ」などが代表的です。それぞれの仕上げは、塗る・乾かす・磨くの基本を応用しつつ、漆本来の透明感や艶、深みを最大限に引き出す技術の結晶です。以下では、主要な仕上げバリエーションを詳しく解説し、その美的価値と工芸技法としての奥深さを探ります。

花塗り(はなぬり)──刷毛目を消した均一な鏡面仕上げ

花塗り(塗立て)は、漆塗り技法の一つで、上塗りに油分を含ませた漆を塗った後、研ぎや磨きを行わずにそのまま乾燥させることで、漆本来の柔らかな風合いとほんのりとした艶を楽しむ仕上げ技法です。鏡のような均一な光沢を作る技法ではなく、むしろ刷毛目を残さずにふっくらとした塗面を得る「塗りたて」の風合いが特徴です。

鏡面のような深い光沢を得たい場合には、呂色塗り(ろいろぬり)を用います。呂色塗りでは、鉄分を反応させて黒漆化した「呂色漆」を上塗りし、乾燥後に研ぎと磨きを繰り返して鏡面のような光沢を実現します。

花塗りは、単に艶を出すだけでなく、奥行きのある深い黒や朱の発色を引き出し、使うほどにさらに艶が増す経年変化も楽しめます。この仕上げは、茶道具、重箱、調度品など格式を求められる品物に多用され、漆芸の最高峰の技とされています。

春慶塗・木地呂塗──木目を活かす透け漆技法

春慶塗(しゅんけいぬり)や木地呂塗(きじろぬり)は、日本の漆芸の中でも特に「素材を見せる美」を追求した技法です。これらは不透明な塗り重ねではなく、透け漆を使い、木地の木目を活かした仕上げを特徴とします。

春慶塗では、薄い黄色味のある透き漆を重ね、光が通り抜けることで木目が黄金色に輝くように見えます。木地呂塗では、透明度の高い呂色漆を用い、より深い茶褐色から黒褐色の色合いで木目を引き立てます。これらの技法では、下地処理を最小限に留め、木目を美しく見せるために木地自体の研磨や素地調整が非常に重要です。

また、透け漆は色ムラや埃を拾いやすいため、職人は塗布後の湿度管理を徹底し、刷毛目を整える高度な技術を駆使します。日本人の「用の美」への感覚や自然素材への敬意を象徴する仕上げといえます。

溜塗・梨地仕上げ──光を吸収・拡散させる深み表現

溜塗(ためぬり)や梨地仕上げは、漆の層の奥行きと光の拡散を活かして、重厚で深みのある表情を作り出す技法です。溜塗は、下塗りに朱漆を塗った上に、透ける黒漆(溜漆)を何層にも塗り重ねることで、光が層を通過し、内部で反射して独特の深紅の輝きを生みます。

角度や光源によって表情を変えるこの美しさは、漆器を「見る道具」から「魅せる芸術」へと昇華させます。一方、梨地仕上げは、金粉や銀粉を漆で撒き込み、さらに透け漆を塗り重ねて粉を覆い隠すことで、光を柔らかく反射拡散させる粒子感のある表面を作ります。

この技法は蒔絵や沈金と組み合わせ、豪華さを出しつつも上品さを保つことができます。どちらの技法も塗りの層数、漆の透明度、粉の大きさや撒き方、最終的な磨き加減が仕上がりを大きく左右し、職人の経験と美意識が試される高度な髹漆技法です。

まとめ

髹漆(きゅうしつ)は、漆を塗り、研ぎ、磨き上げる工程を何度も積み重ねることで、耐久性と美しさを兼ね備えた漆器を作り出す伝統技法です。花塗りのように刷毛目を消し切り鏡面仕上げを実現するもの、春慶塗や木地呂塗のように木目を透かして素材美を活かすもの、溜塗や梨地仕上げのように光を層の中で反射・拡散させて深みを演出するものなど、仕上げのバリエーションは多彩で、地域ごとの文化や美意識を色濃く反映しています。

これらの技法は単に装飾的であるだけでなく、使うほどに艶や味わいが増し、手入れを重ねて長く愛用される「育つ器」としての魅力も持ちます。髹漆はまさに、自然素材、職人技、使い手の時間が一体となって価値を深める、伝統工芸の粋を体現する文化遺産といえるでしょう。

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日本の伝統工芸の魅力を世界に発信する専門家集団です。人間国宝や著名作家の作品、伝統技術の継承、最新の工芸トレンドまで、幅広い視点で日本の工芸文化を探求しています。「Kogei Japonica 工芸ジャポニカ」を通じて、伝統と革新が融合する新しい工芸の世界をご紹介し、日本の伝統文化の未来を世界とつなぐ架け橋として活動を行っています。

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