伝統工芸を「文化」だけでなく「産業」として捉え直す視点が、今あらためて注目されています。2025年3月に中央公論新社から刊行された『「産業」としての工芸──ものづくりから挑む地域創生』は、地域資源としての工芸の価値と、それを活かした地域振興の可能性に迫った一冊です。
本記事では、現場の職人や自治体、プロデューサーなど多角的な視点から、工芸の今と未来を考察。この記事では、本書の概要や注目ポイントを紹介しながら、工芸と地域の関係性について理解を深める手がかりをお届けします。
目次
本書の概要と基本データをチェック
日本政策投資銀行と日本経済研究所が編著した『「産業」としての工芸 -ものづくりから挑む地域創生』は、近代以降160年にわたる工芸の歩みを振り返りながら、伝統工芸を「地域産業」として再興する具体策を提示する一冊です。
2025年3月24日に中央公論新社から刊行され、A5判・372ページという実務書としては読み応えのあるボリュームでまとめられています。
タイトル・刊行情報・仕様を確認
- タイトル:「産業」としての工芸――ものづくりから挑む地域創生
- 編著者:日本政策投資銀行/日本経済研究所
- 出版社:中央公論新社
- 刊行日:2025年3月24日(初版)
- 体裁:A5判・372ページ
- 価格:2,420円(税込)
“工芸を産業として捉える”本書の狙い
本書は、伝統工芸を「文化財」ではなく「地域産業」として再評価し、持続的に稼ぐ仕組みづくりを提言する実務書です。1990年代に約5,000億円あった伝統的工芸品の出荷額が現在は1,000億円を切るまで縮小した現状を起点に、2000年代以降に躍進した事業者の事例を分析。
章立ては
- 第1章 「工芸」とは何か?
- 第2章 産業としての近代工芸史
- 第3章 工芸リバイバル ~2000年代以降の工芸産業~
- 第4章 工芸とツーリズム
- 第5章 改めて工芸の海外展開を考える
- 第6章 これからの工芸
の6章構成で、デザイン・DX・販路・政策の4視点から成功要因と課題を体系化しています。
章立てでわかる内容マップ
本書は全6章を「基礎」「実践」「展望」の3ブロックに整理し、工芸を産業として捉えるうえで欠かせない歴史的背景から最新ビジネスモデル、そして未来への提言までを段階的に学べる設計になっています。
以下では、各章ごとに述べられている概要を紹介します。
第1章〜第2章:工芸の定義と近代からの産業史
本書はまず、“工芸とは何か”を明治期の用語成立からひも解き、伝統的工芸品産業法(1974年)の指定制度や、出荷額が1990年代の約5,000億円から現在は1,000億円未満へ縮小した実態をデータで検証します。
続いて殖産興業(しょくさんこうぎょう)、万博出品、戦後復興といった転機を整理し、160年にわたる工芸の産業史を俯瞰。これにより“文化財”という固定観念を超え、地域経済を支える産業としての位置づけを読者が共有できる構成です。
第3章〜第4章:工芸リバイバルとツーリズム戦略
2000年代以降に台頭した工芸ベンチャーや老舗の事業転換をケーススタディで紹介し、デザイン刷新、D2C、越境ECなど“稼ぐ仕組み”を具体化。さらに産地ツアー・ワークショップ・インバウンド誘客など観光との融合を探り、成功要因を「顧客体験 × 地域ストーリー × 収益多角化」のフレームで整理します。
これらは産地ブランディングや地域金融の投融資判断に直結する実務的情報として役立ちます。
第5章〜第6章:海外展開と“これからの工芸”提言
最後に、欧米ラグジュアリーマーケットや東南アジア富裕層向けの販路開拓、国際見本市活用、現地資本とのJVなど海外展開の最新動向を整理。締めくくりでは「人材循環を促す教育スキーム」「産地間ネットワークによる共同調達」「DX基盤整備」といった政策・ビジネス双方への提言を提示し、読者が自産地のロードマップを描けるよう解説しています。
キーワードで読む工芸リバイバルの最前線
「伝統は守るだけでなく、売り方を変えて育てる時代です」
と本書は繰り返し説いています。
その示唆を手がかりに、デザイン・流通・ブランディング/工芸ツーリズム/海外展開の3つの切り口で、いま実際に動いている最新事例を読み解きます。
どの項目も“なるほど、明日から試せる”という視点に置き換えてありますので、産地や企業で活用する際のヒントとしてご覧ください。
デザイン・流通・ブランディングの成功要因
輪島塗は英国王室御用達ブランド〈ウェッジウッド〉と共同でテーブルコーディネート企画を実施し、地震被災地の職人技を世界市場に再訴求しました。
外部デザイナーが入ることで「高級漆器=和室」のイメージが崩れ、百貨店や海外バイヤーの新規仕入れにつながった好例です。
流通面では、7言語対応の工芸専門モール〈BECOS〉がメーカー直販と越境クラウドファンディングを組み合わせ、Kickstarter で750万円超を調達する案件を生み出しました。メーカーが自社価格を維持しながら200本以上を販売できた点は「価格決定権を取り戻す」モデルとして注目されています。
両社に共通するのは、
- 1:外部のクリエイティブ人材と組んで“今ほしい形”を提案する
- 2:販路を自前化して利益率を確保する
- 3:技と産地のストーリーを英語でも同じトーンで発信する
という三つの基本動作です。
産地を活性化する“工芸ツーリズム”の仕掛け
観光とものづくりを掛け合わせた産地では「見学→体験→購入」を半日で完結させる短尺モデルが主流になりつつあります。石川県の九谷焼エリアでは、VR窯元ツアーを先にオンライン公開し、“次はリアルで見たい”潜在層を呼び込む二段構えが奏功しました。
現地では絵付け体験後にECクーポンを発行し、帰宅後のリピート購入率が二桁伸びたとの報告もあります。オンラインで興味を高め、リアルで体験を深め、ECで関係を継続、この循環が成立すると、来訪者数だけでなく産地全体の粗利が底上げされることが分かっています。
海外市場で評価される工芸と地域創生モデル
海外バイヤーが重視するのは「伝統技術 × 現代的用途 × サステナブル」の組み合わせです。
有田焼ブランド〈ARITA PORCELAIN LAB〉は超薄の飲食店向け皿を開発し、欧州のギフト見本市で高く評価されました。薄さによる省資源性まで説明したことで商談率が上がったと報告されています。
一方、箱根に2024年春オープンしたアートミュージアムホテル〈エスパシオ 箱根迎賓館 麟鳳亀龍〉は、客室ごとに組子や漆など異なる工芸を採用し、宿泊単価を維持しながら作家への発注を生む「地域ごと売る」モデルを確立しました。
輸出支援では、JETROの「新規輸出1万者支援プログラム」が物流・翻訳・保険を一括で支援する仕組みを提供し、中小の工芸事業者が初輸出に挑戦しやすい環境が整いつつあります。海外販路は単なる売上拡大にとどまらず、雇用や関係人口を生む地域創生のエンジンになり得ることが、これらの事例から読み取れます。
本書のフレームワークに、ここで挙げた事例を重ね合わせて読むことで、自社・自産地の“いま”を客観的に診断し、次の一手を描きやすくなるでしょう。伝統を守るだけでなく、売り方をアップデートする――そのヒントはすでに現場の最前線で実証されています。
こんな人におすすめ&活用シーン
伝統工芸を「文化財ではなく稼げる産業」として捉え直す――本書が投げかける視点は、立場の違う関係者それぞれに具体的なヒントを与えてくれます。以下では、読者像ごとにどの章・どの事例が役立つかを整理しながら “読みどころ” をご案内します。
伝統工芸事業者・地域工房が得られる示唆
外部デザイナーとの協業で付加価値を高める輪島塗とウェッジウッドのコラボ事例は、「高価格帯でも新規顧客を開拓できる」ことを示す好例です。アートディレクションに第三者を迎え、技術と現代的デザインを融合するだけで売場が一気に拡大することを、現場目線で実感できます。
さらに、7言語対応の越境ECプラットフォーム〈BECOS〉がメーカー直販+クラウドファンディングで販路と資金調達を同時に実現したモデルは、「卸を介さず利益率を守りながら海外に出る」という現実的な道筋を提示しています。これらの成功要因を本書のフレームワーク──デザイン投資・D2C化・物語の可視化──に当てはめて読み込むことで、自社製品の改良点や次の打ち手が自然と見えてくるはずです。
行政・金融・観光関係者が読むべきポイント
地域全体の稼ぐ力を底上げするうえでは、「見学→体験→購入→再訪」を一気通貫で設計したツーリズムが鍵になります。
たとえば九谷焼産地では、VR窯元ツアーで潜在層の興味を引き、現地体験とECクーポンを組み合わせることでリピート購入率を二桁伸ばしたと報告されています。
また、箱根に開業したアートミュージアムホテル〈エスパシオ 箱根迎賓館 麟鳳亀龍〉は、客室ごとに組子・漆・唐紙など異なる技法を採用し、宿泊単価を上げながら作家への発注を生む「地域ごと売る」モデルを確立しました。
さらにJETROの「新規輸出1万者支援プログラム」が物流や翻訳を一括で支援する仕組みは、地銀や自治体が輸出を後押しする際の実践的な参考になります。
こうした事例を章立てと照合しながら読むと、観光施策・補助金設計・投融資判断に直結するエビデンスを効率よく抽出できます。
学生・クリエイターの学びに役立つ活用例
工芸の歩みを明治期から現代まで160年スパンで整理した第一・二章は、文化史や産業史を学ぶ学生にとって貴重な教材です。
数字と年表が豊富に盛り込まれているため、レポート作成時にそのまま引用できる信頼度の高い統計・制度データが揃います。
デザインやプロダクト開発を学ぶクリエイターであれば、第三・四章に登場する「伝統技術を現代の暮らしに落とし込むプロセス」や、海外見本市で評価された製品事例から、素材選びやストーリーテリングの具体的手順を吸収できます。
さらに最終章の政策提言パートは、地域課題を解決するためのフレームワーク(人材育成、DX、共同調達など)が体系立てられており、卒業研究やビジネスプランの骨子づくりにも直結します。こうした学習効果の広さが、本書を“教科書以上・実務書未満”のバランスで重宝させている理由といえるでしょう。
まとめ
本書『「産業」としての工芸――ものづくりから挑む地域創生』は、160年におよぶ工芸の歩みを振り返りながら「伝統工芸=文化財」という枠を超え、利益を生む“地域産業”としての再生モデルを示しています。372ページという厚みの中に、出荷額が1990年代の約5,000億円から現在は1,000億円を下回った現実と、再成長を遂げる産地の具体例が丁寧に織り込まれており、課題と可能性の両面が一望できます。
本書が提案する解決策はシンプルに「技術を守りつつ売り方を変える」ことです。外部デザイナーとの協業で用途を現代化し、D2Cやクラウドファンディングで価格決定権を取り戻す、といった事例が各章に散りばめられています。さらに、VR 体験を入口に産地ツアーへ誘導し、EC クーポンで再購入を促す取り組みなど、デジタルとリアルを往復させる工芸ツーリズムの成功パターンも紹介され、読後すぐに実践手順をイメージできる構成です。
伝統工芸事業者や地域工房はデザイン刷新と越境販売の章から、新しい収益源のヒントを得られます。
行政・金融・観光の事業担当者はツーリズムと海外展開の章で、補助金設計や投融資判断に使えるエビデンスを吸収できるでしょう。
学生・クリエイターにとっては、近代から現代までの産業史データと豊富な事例が、レポートや企画書づくりの確かな土台になります。
伝統を未来につなぐうえで必要なのは“守るべき技”と“変えるべき売り方”を見極める視点です。
本書はその両軸を体系化したガイドブックとして、産地の大小や職種を問わず多くの読者にとって行動につながる気づきを与えてくれます。現場の課題と照らし合わせながらページをめくり、次の一手を具体化する道しるべとして役立てて欲しい一冊です。